雨の日は布団に寝転んで読書を

Twitterの補完版として始めたけれど、自分の備忘録状態。なるべく他人に読んでもらうつもりで書きます。

2025/3/12 母にまつわるあれこれ

ひきつづき「ここに来るまで忘れてた」を読んでいる。

 

「この局面でその弁当を選べる姉で良かったと思う」

 

中学の教科書に載っていた『いちご同盟』という小説を思い出した。ヒロインの手術が長引いて生死の境を彷徨っている間、病院の食堂へ向かった幼なじみがカツ丼を注文して搔き込むシーンが印象的だった。その幼なじみは、悲しくても腹は減るんだよと言っていた。その通りだ。状況に似つかわしくなくとも、腹が減ってしまうのが人間だ。食欲が湧いて、そこから目を逸らそうとするのはむしろ不自然な行為だろう。

(ここに来るまで忘れてた 交通新聞社 吉田晴直)

 

食うことは食うくせに、中途半端に喪に服した気になっていた自分の小狡ずるさがダサく感じられた。でもそんなのは私に限った話ではない。多分『いちご同盟』でカツ丼を食べていた彼でさえ、「21世紀出陣弁当」は買えないと思う。

 

(ここに来るまで忘れてた 交通新聞社 吉田晴直)

 

高校3年生のころ、人生で2つ目の眼鏡を作った。お小遣いとは別のお金を親に申請してメガネ屋さんで初めて一人で眼鏡を作る。当時から赤い色が好きだったのと憧れの友人に少しでも近づけるのではないか?という浅い妄想が具現化し、プラスチック製のオーバル形の赤いメガネを購入した。ろくにケアもしていないクレーター肌や櫛でといただけのぼさぼさ髪に若手芸人のような主張の強いメガネをかけるとは。今考えると滑稽だが当時は最高にイケている!と思い数日後に引き取って家に帰った。意気揚々と新しいメガネをかけてリビングのドアを開ける

「あんた!!その色は何なの??!?!?」

母の第一声は子供を叱る親そのものだった。

「おばあちゃんのお葬式も近いっていうのに!まったくふざけた色にして!!!!」

当時父方の祖母はがんで余命いくばくもない深刻な病床にあった。親戚の中で唯一岡山に住んでいる父はは毎週のように実家に帰省して、私、弟、母を週代わりで連れて行き祖母と面会していたのだ。初めての肉親の死に直面する父の心境、そして嫁の立場の母親の気持ちを今考えると、祖母の危篤が近く、そして大学受験という大きな節目を迎えているのにあまりにも緊張感が無さ過ぎる。私は13人いる孫世代の中でも特別にぼんやりしており決して利発な子供ではなかったので、母は、優秀で朗らかないとこたちと比べ、何か突出した技能を持つわけでもないひねくれやのそれでいて妙に気性が荒い娘にずいぶん気を揉んだことだろう。やがて訪れる姑の通夜や葬儀の場*1ではせめて大人しく、目立たないようにと願っていたにもかかわらず、当の本人はお気楽に「似合うからいいじゃ~~ん」と自分のお金でもないのにふざけた柄の眼鏡を買ってきたのだ。

当の私は中一からかけていたいかにも!な細い金属のフレームメガネをようやく脱して、当時流行り始めていた太いフレームの、それでいて憧れの赤い色の眼鏡をかけることができて大満足だった。母のお小言を「固いことを言う人だなあ」とうっとおしく感じていた。いやはや、親の心子知らずを地で行くとは。徹底的に我慢強い性格の母の血を引いているはずの娘は気ままで、自由で、歯を食いしばって働いて稼いだお金の価値をイマイチ理解せずに浪費しているように思えたのだろう。これで成績がよかったり何が特技があれば文句は言われないだろうけれど、努力というものが大嫌いで、成績は悪い、ときている。

 

 

さて、時は流れ、15年近く経った。あれから私は自分のお金で数度眼鏡を新調している。先日も眼鏡を作ったのだが、今回は原点回帰ともいうべき細い金属のフレームにしたのだ。太いフレームに飽きた。というのもあるし、かといって流行りのボストンやラウンドにするほど度胸がない。数年前なら絶対に選ばなかったであろうメタルフレームの眼鏡をかけた私はさすがに中学一年生の頃のような化粧水と乳液の違いも分からず美容院で半年に一回髪を切るだけの伸ばし放題な髪の毛でもなく、年相応な表情をしていた。赤いメガネ以来、眼鏡を新調するたびに母の言葉が脳内をリフレインしているが、多分当時の母はこういう落ち着いた眼鏡を掛けて帰ったら何も言わなかっただろうな。*2人によってはこれは「呪い」と表現されるかもしれない。でも私は、当時の自分も母のどちらも言い分も理解できるほど成長し「どっちもどっちだな」としか思えない。それは月日を経るごとにニュートラルになっていき、吉田さんの「中途半端に喪に服した気になっていた」という言葉によって当時の私が幾分か夕背になった。眼鏡の色一つでそんなに過敏にならなくてもいいじゃないの。それこそ喪に服した気になっている自分の都合を押し付けているじゃないの。

 

母と娘という古来よりコンテンツの題材となってきた関係性だ。母親の家系や育ってきた環境を思うとなかなか壮絶なので、事情を知らない母方のいとこが無邪気にそれらのエピソードを聞いて笑っていると、大人げなくも「それに至るまでのいろいろな事情があるんですよ…!!!」と面倒くさい人ムーブを(心の中で)かましてしまうほど。厄介オタクかよ。母親にまつわるエピソードに関してはめちゃくちゃ、ある。プライベートなエピソード満載なので元気な時にまた書き残せたらいいなと考えている。

*1:実際に参列者数百人規模。お坊さんは4~5人来ていた。伯父が勤務する学校の生徒会がお焼香をしたし。彼女が来ていた夏服の白いセーラー服が妙に印象に残っている。コロナ禍の前でも一主婦の葬儀にしては大規模だったと未だに話題に上がるほど。改めて祖父母や一族の人望と人脈には感嘆する。

*2:書きながら初めて美容院で髪を切ったエピソードを思い出した。長さに満足していた私は「髪をくくれるくらいの長さで、毛先をそろえる程度にしてください」と所望した。同行していた母に帰宅したとたんに「せっかく外で切ってもらえるチャンスだったのになんで少ししか切らないの!!髪はすぐに伸びるんだからもっと短くしてもらいなさい!」と呆れられたのだ

相棒S23最終回スペシャル 第19話「怪物と聖剣~決戦」

 

2023/7/7-8東京遠征①ハリーポッターと呪いの子観劇

市村正親がエイモス・ディゴリー/アルバス・ダンブルドア/セブルス・スネイプの三役を演じる!と報道されたことを記念して自分が観劇したときの感想を書きっぱなしにしていたので投稿します。グッズショップの写真を見て、ここで買ったチケットホルダーは新幹線の切符を入れるのに最適で、小さなトートバックはお弁当箱を入れて毎日使っていることを思い出しましたよ。

2年前の記憶なので大分薄れてきているが、ワンシーンワンシーン全てに一言何か言いたい!!という興奮の表れが面白いので、当時の文章そのままを載せます。だから途中で尻切れトンボになっているよ~!!気が向いたらリライトして形を整えるかもしれない!!

 

 

 

 

ではでは、ここから2023年当時の私にバトンタッチします!!!(記載されている内容は全て2023年7月現在のものです)

 

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相棒S23最終回スペシャル前篇 第18話「怪物と聖剣」

 

相棒S23第17話「盗まれた死体」個人的感想ポストまとめ

 

相棒S23第16話「花は咲く場所を選ばない」個人的感想ポストまとめ

 

「犬が星見た ロシア旅行」武田百合子 中央文庫 より気に入った文章を引用する

デイリーポータル

50年以上前の旅行記としても面白い。なによりソ連旅行に乗り気ではない人の視点として、市井の人や同行者の言動、そして物価や食べた物を細やかに書留めている。辛辣でありながら主体的な旅行でないからこその視点の妙がとんでもなくおもしろい。読ませる文章というのは昨日でも10年前でも、56年前でも変わらないんだなあ。と感服しました。読了は昨年の11月。長らく気に入ったページの写真がメモ帳に残っていたので書き終えました。

 

柔道の試合のように、主人と私は踊る。踊りながら主人は何度も訊く。

「やい、ポチ。旅行は楽しいか。面白いか」

「普通くらい」

(中略)

「百合子、面白いなあ。面白いと思うか。楽しいか。」

「普通だよ」

表題になった個所。映像化するなら絶対にここが予告編に使われるだろうな。という。今作を代表する会話。

 

樫の林。白樺の林。黄色い花をつけている林の下草。木下陰には蛾も虫もいない。ピョートル大帝が自分で植えた菩提樹は百五十年経っている。

クローバ、三色すみれ、野花菖蒲、赤いけしの花が咲く、りんごの木に囲まれた小さな家。大宮殿を立てることが好きなピョートル大帝は、ときどき、気が変になると、急にサンルーム風の小さな家を造り、そこで暮らしてみたりしたのだ。

(中略)

庭を歩いていて、いい匂いがしているのは、リラの木がたくさんあるからだった。陽が射してくると北の海辺の庭園も暑くなってきた。

(中略)

限りなく続く田園、大きな農家がときどき見えた。別荘として使っている家もあるという。眠くなる。

50分ほどでレニングラードの町に入った。町には寒天色の綿のようなものが舞っている。どんよりと垂れこめている。どんよりと漂っている。道の脇、建物の陰には、ふんわりと、いくつもの毬となってたまっている。ポプラの花が終わり、綿毛を付けた種子となって散っている季節であるそうな。

「わし、今朝散歩しとって、この当たありの紡績工場でもあるんかいなと思とったんじゃ」と、錢高老人は言った。

ホテルの玄関にも広いロビーにも、ポプラの綿毛は舞ってきていた。

色とりどりに花と草。陽が差して、植物が生命力あふれるようにしかし手入れをされて整えられている海辺の庭園と噴水たち。こっちまで眩しくなってくる。いい匂いがするリラの木って何だと思ったら英語でライラックらしい(リラはフランス語)。ライラックといえばギルデロイ・ロックハートの好きな色という認識しかなかったけれど、モクセイ科らしく、いい香りがするでしょうね~。とうっとりした。

ポプラの綿毛が舞う情景が目に浮かんだ。

 

19世紀初めに建った劇場。華やかで古めかしい。西洋映画で、貴婦人と芸術家または軍人との恋物語などとき、こういうところが出てくる。

二階の売店で、主人は一九七〇年(来年)の日めくりカレンダー(四十カペイク)と絵葉書(七十カペイク)を買った。
便所で手を洗っていると、若い女と中年の女が入って来る。中年の女はやにわにスカートを胸までまくり上げ、くい込んでいるガードルを外し、どういうわけか下穿きと靴下とはき替える。私の方を向いて、悠然とやっている。だから私も、蛙みたいな下腹をすっかり見た。

私たちの周囲は、外国人観光客席らしかった。ロシア語は聞こえてこない。英語・ドイツ語らしい話声が聞こえてくる。若い娘たちは軽装だが、中年、老年の女たちは、白、水色、うす緑、赤、とりどりのワンピース。うすく透ける布やレースで出来ているそのワンピースの背中はうんと開いていて、首に巻いた乙姫様のひれのような共布を背に垂らしている。肘までの手袋をはめた老女。実に華やかだ。

華やかで古めかしい劇場での観劇。客席のドレスアップした中年、老年の女と、便所で見かけた中年の女の対比が素晴らしい。人間観察*1と言うと嫌味な奴だが、他人会話や挙動をじっと見聞きして淡々と述べている文体は非常に好感を持てる。

 

老婆は、私の耳に口を寄せ、口臭とともに囁いて、にっこりする。こわばった指をのばして、頬をさも愛しげに撫でる。私もかがみこんで額の女の人をよく見た。美しい人だ。

「クラサービッツァ(美しい人)‼」

老婆の耳に囁き返す。すると老婆は〈そうなのだ。この人は美しいのだ。わかったかね〉とそんな風に満足そうに肯いた。ほんとに、花の精かなんぞのようだ。クラサービッツァだけでは、ほめ方がまだ足りない。〈本当に美しい人〉と思っているよ、と老婆に伝えたい。覚えたありったけのロシア語の中から、こう付け加えて、囁く。
プラウダ(真実)ね。プラウダですね。プラウダのクラサービッツァ」

老婆は「スパシーバ。スパシーバ」とくり返し、痰をごろごろさせて喜んだ。〈お前も撫でてもいい。特別に撫でさせてあげる。撫でてみるか〉と、額を私の手に持たせようとした。廊下のプーシキンの胸像の前には、見物人が置いたらしい白とクリーム色のバラが萎れていた。

芳名帳に名前を書いた。また来ることがあるだろうか、そのときにはあの部屋番の老婆は死んでいるだろうな—―名前を書く間、そんなことを思った。

2番目に好きなシーン。老婆を美しいとほめちぎる作者から、老いを否定しない姿勢を解釈するかと思いきや、萎れたばら、老婆の死の想像。老いや死を肯定もせず否定もせず、単に受け入れているだけで、解釈を見出そうとしている自分が恥ずかしくなった。

 

書斎の机には、眼鏡、ペンなどが置いてある。つい、さっきまでチェホフが仕事をしていたかのように、庭先を探せば、仕事に倦んだチェホフが海でも眺めているのではないかと思う。あるじがいない間に書斎に入ったときの、無神経なわるいことをしているような気持。

(中略)

帽子を取るように、とガイドにいわれる。主人は帽子を取って隅の古風な帽子掛けにかけた。

(中略)

バスが走り始めてから、帽子を忘れてきたことに、主人は気づいた。

「よかったじゃないか、武田。チェホフの家の帽子掛けに防止を忘れて」竹内さんは言ったが、帽子をがぶらないと頭の先が不安である主人は、浮かない顔をしていた。

まさか帽子を忘れてしまう伏線なんじゃないかと思っているとページをめくったらみごとに伏線が回収された。

 

こんなことがあった。あれも竹内さんには不愉快だったのだろう。彼女が同席した食事のとき、彼女は達者にしゃべり続けるうちに「竹内さんのようなえらい方は――」と、二度ほど言った。竹内さんは黙って笑っていた。ひとしきり、また彼女はしゃべって、終わりの方で「――竹内さんはたいしたもんです」と言った。竹内さんは不機嫌な顔になった。

でも、彼女は仕事熱心である。今朝、スーツの襟に、こけしのブローチを飾ってきた。日本のこけしが二つ、金色の安全ピンにぶら下がっている子供向きの安物のブローチは、彼女の洗練された出で立ちには、まるで似合わなかった。日本の観光客から貰ったブローチを、彼女は思いついて、私たちのためにしてきたのだろう。

しかし、そんなことなど、私は言わなかった。私は竹内さんが話すのを聞きながら、黙って歩いていた。私でない女の悪口を聞いているのが、いい気持ちだった。

一番好きなシーン。武田百合子さんの性格が大好きになった。私でない女の悪口を聞いているのがいい気持ちと、バッサリ言い切ったところがいい性格をしている。これは女の本能ですよ。つまるところ、女性が2人以上あつまると、私でない、あなたでない女の悪口で気持ち良くなっているだもんな。竹内さんが不機嫌になった経緯は現代文の試験問題にされそう。人間の機敏~~~~~。としびれる。おもしろいなあ。普段凪のような人が時折見せる本心がうっすら透けて見えるような機微がたまらない。

 

いい天気。泣きたいばかりのいい天気。

存分に泣け、と天の方から声がすれば、私は、眼の下に唾を付つけ、ひっと嘘泣きするだろう。

積極的に真似をしていきたいフレーズ①

好きなものを好きなように植えて、どんどん植えて水をやり、どんどん可愛がっていたらこうなったという庭だ。

積極的に真似をしていきたいフレーズ②

ムッヘダの草原を、陽を浴び、燃えるような赤い髪を風に飜えらせて、長い脚で豊かな軀を運ぶとき、彼女は女そのもの、牝ライオンみたいだった。

積極的に真似をしていきたいフレーズ③そしてこんなにも日本語を美しいと感じたのは久し振りだった。いまのところ(2020年代を生きている中で出会った表現の中で)ここまで美しく女性を賛美している言葉を知らない。

*1:関係ないけれどツイッターで「人間観察をしていると~」と書いている人を見ると偉そうな口をきいているなあ。たとえそうだとしてもオブラートに包みなさいよ。人様の生きざまを勝手にコンテンツにして消費するな。