雨の日は布団に寝転んで読書を

Twitterの補完版として始めたけれど、自分の備忘録状態。なるべく他人に読んでもらうつもりで書きます。

2025/6/26 咳咳咳咳咳喉痛い咳咳咳咳

日中は喉の痛みと咳咳咳咳咳咳だった。

 

正直喉の痛みよりもいつやってくるかわからない咳が怖い。コンコンというかわいらしい咳ではなく、ウエッホンッウエッホンッ!!!!という明らかに喉の奥にあるウイルスを除去しようとする体の副反応、みたいな咳だ。さらに腹筋や喉が痛んで…という悪循環。

 

先週の土曜に登山をしてから数日間筋肉痛が治らなかったのは風邪の初期症状である節々の痛みも併発していたんじゃないかな……と思うくらいだ。いや、確実にそうだろうな。なんだかんだ早退せずに最後まで勤務していたけれど、帰る間際になって熱を測ったら37.8℃あった。ウケる。確実に風邪じゃん。

 

帰宅して早々に薬を飲む。

寝る前に体温を測ると38.8℃。信じられなくてもう一度測るも38.4℃だった。8度台は確実かい。

ただ、これは夜中に汗をたくさんかいて体温を強制的に下げたら楽になりそうな感じなのでそのまま寝た。とんぷくよ効いてくれ〜。

 

予約注文していたクイック・ジャパンのオモコロチャンネルムック本が届かない。おかしいぞ。配達済みになっているのに?!?と思ってもしかして…とアマゾンの履歴を確認すると実家の住所に発送していた。数日以内に帰省する予定があって助かった。

 

土曜は仕事終わりに実家に帰って日曜日は島根におでかけ。月曜は病院巡りをして大阪に帰ってくる予定だ。なんとしても土曜までには体調を治さないと。あと冷蔵庫の中身を…片付けないと。元気な時に買った食材達で賞味期限があるものは冷凍する。魚介類を食べたくて作った焼き魚とタコの酢の物の残り、チーズケーキはは弁当に持っていこう。食欲は(平時よりも少ないとは言え)あるのが救い。

2025/6/26 前職から1年経った

お久しぶりです!!!ツイッター(現X)ばかりに滞在していたけれど元気に社会生活を営んいます!!!

うそ!!!

声が出ない!!!空咳ばかりでて喉が痛い!!!人前で喋る業務があるので勘弁してくれ〜〜〜〜〜〜⤵️⤵️⤵️⤵️⤵️となっています!!!昨日は半休を取らせてもらって帰宅して、咳止めを飲んで寝てたけれど一向に良くならない!!!やめて!!!!仕事ができないから!!!こうやってどんどん有給がなくなっていくんだよな……。

 

 

 

ここ数カ月は相変わらず登山に行ったり展覧会に行ったりしています。田植えもしに行った。今週末は一瞬実家に帰って両親と島根に旅行に行くよ。

 

来月はむしゃくしゃすることが多くて憂さ晴らしをしようと上高地行きの往復バスを予約した。予約日の翌週に北岳登山の予定だから、その最終調整も兼ねて。往復35,000円というさすが山シーズンの価格にビビったけれど、往復高速代2,0000円(割引を使うともう少し安いかも)10,000円あかんだな駐車場から上高地バスターミナルまでの往復バス代5,000円と考えたら妥当か。

 

どの山にしようかな。日帰りができるということで焼岳が第1候補。でもあれ、ヘルメットが必要なんです?要確認。

 

 

 

あとは…まあ…仕事が、ね……。色々人間関係…!!!人間関係……!!ともがいていますし、入社して1年経つのに新人かよ?!?みたいなミスばっかりしている。若手チームの仕事に携われるようになって先輩たちに着いていく日々なんだけれど、色々自分の不出来というか、まあ、自分調子のっているなー!あああああ…………恥………。と何年社会人やっているんだよ!!!と叱責されるような、小学生女児でももう少しマシな立ち回りをするぞ!みたいなことをしています、はい。

 

 

そうそう、久しぶりに日記を書いたのは、今日で前職を辞めてちょうど1年だから!!!いえーーーい!!!辞める私に送別品や声かけすらなかった前職の奴ら、見てるかーい?!(実際に見ていたら最悪だが)

実際は帰省するたびに以前自分が所属していた拠点…ではなく、別の拠点の人と飲みに行っているので、彼らの動向は何となく知って入るんですが。在職中は公式飲み会のみ参加して、一切付き合いをしていなかったのに、辞めてから付き合いが濃くなるって…という皮肉。

 

 

ここ数ヶ月なにをしていたかぼちぼち書いていきます。まずは喉を治したい。

 

 

2025/4/22 金剛山・大和葛城山

翌週に複数人の他人(ひと)と八経ヶ岳に登る予定なので足を引っ張ってはいけない、とトレーニングを兼ねて一人で登ってきました。今シーズン始まって初めての本格的な山行。(2月の六甲山はハイキングみたいなものなのでカウントせず)

 

 

金剛登山口バス停から千早本道へ。千早神社の御朱印はまつまさという登山口近くの茶屋で授与されるらしいが、今回はダイヤモンドトレイルを経て奈良県の御所へと降りるので千早神社の御朱印は諦めることに。しかし恒例の登山の安全祈願をする。

 

1時間30分ほどで山頂へ。なんてことはない低山だけれど、久しぶりの登山&階段が辛くて既にしんどい。

 

有名な山頂の定点カメラにも写りました。ご飯を食べたり*1カメラに写ったり御朱印を貰ったりして1時間30分ほど山頂に滞在。葛城神社は書き置きで、転法輪寺御朱印帳に直接書いてくれるタイプ。しかし、家に帰宅したときに判明したのだが透明なカバーを外してくれたようで、いや御朱印帳を受け取った時にカバーの有無に気づけよ、手の感触で分かるだろう…と落ち込んだ。カバー、せっかく購入したときについてきたのになんで忘れてしまったんだ……。としっかり落ち込んだ。*2

途中、赤いテープを頼りに下っていたら道迷いになりかけていたことに気付く。*3慌てて道を引き返したが、それまで下り道をせっせと下っていたので、振り返ってほぼ崖(体感)みたいな道を登り返すのか~~~~と現実が押し寄せて思わず「あ”あ”あ”あ”っ!!!!!」と野太い声で悲痛を表現するなど。自業自得だが、異変に気づいた私偉い。

 

そんなこんなで当初の予定よりも1時間ほど遅れて水越峠へ到着。私は今回逆から来たけれどえぐいくらいの急な下りだったので、ダイヤモンドトレイルのルートである大和葛城→金剛山のルートを登る人はこの急登を登るのか……しんどいだろうな……。と思いを馳せてげんなりするなど。



水越峠から大和葛城も階段急登だった。本当に辛くて、何度も階段に座って息を整える時間が必要だった。この階段が永遠に続くんじゃないか、いや、永遠なんてない、かならず山頂というゴールがあるのだから今はとにかく足を動かして進むしかない。いやでも本当にきついな。戻りたいな。戻るって言っても水越峠があるのは旧R309だぞ。どうやって下山するんだ。自家用車で来ているわけでもあるまいし。金剛山で大人しく下山しておくべきだったか?いまから大和葛城へ登れてたとして下山したら16時を回るんじゃないか?予定では15時には下山してお風呂に入っていたはずなのに遅い。なんで金剛山であんなにゆっくりしちゃったんだよ。金剛山と言えば、あの御朱印のノリがべとべとして嫌すぎる。断って家で自分で貼るべきだったわ……。とつらつら考えていると

着いた!!!!

金剛山と同じく自動撮影カメラが設置されていたので撮影。
f:id:ma0ma0:20250430225755j:image

私の登山あるあるなんだけれど、さっきまで「もうこんなしんどい山に登るもんか!!!!」と自分に怒っていたけれど、山頂に着いた瞬間に全ての感情が達成感に上書きされ「気持ち~~~~~~~~~やったぞ~~~~~~~~~ここまで登れたぞ〜〜〜〜〜〜〜!!!!私、なかやかやるじゃないの!!!!!」になりますよね。今回はあいにく曇りで、展望は望めなくて強風だったけれど。それでも自分の足でここまで登ってこれた。こうして懲りもせず、登りのきつさを忘れて次回も山に登ってしまう。同じことを繰り返す愚かさ……と自虐していますが、客観的に見てもめちゃくちゃ精神的肉体的に健康的な行為ですし、下手にサウナで整う(笑)より体に良いことをしているぞ、と自画自賛していますからね。登山が趣味な自分に酔っている部分あれど、でもそれくらいのレベルに達しているという自負はありますし。

 

山頂でコーヒーを飲んでワッフルを食べるつもりだったが風がビュンビュン吹いて吹き流しが荒れ狂っていたのでそのまま下山することに。




4月も中旬を過ぎているのに山肌のところどころが桃色だ。山桜越しに御所の町を見ると、古の人も同じような景色を眺めたのかしら。これは一句読みたくなるな、と風流な感想を抱くなど。

 

噂に聞いたことはあるダイヤモンドトレイルのチャレンジ登山大会の概要が書かれたポスターを見かけた。この時点で12km、下山すると15km(この日は結局15+御所駅まで3kmの距離を)歩いたことになる。

もしエントリーするなら中級の21kmコースだろうか。

 

ちょうちょを見たりしているうちに下りはするすると下山。しかし、かつては「下りの女王」「かもしか」と呼ばれた下山時の軽快な足取りはどこへやら。ゆっくりもっさもっさと下って、やっぱりトレーニングは継続しないといけないな、と日頃の不摂生を恥じました。あと左ひざが痛んで歩き方もおかしかったんだろう。

 

そんなこんなで下山。末広町商店街の和菓子屋で直近で会う人用の土産を買って、ふと通りがかった昔ながらの米穀店で自分用の雑穀米を購入。シャッター商店街というフリー素材、今風に言うと生成AIが描いた画像、のお手本のような寂れた商店街だったけれど、まあ、多分2度と御所にくることはないのでね。少しでもお金を落としたいですよね。米穀店のおかみさんは私が和菓子屋さんの袋を持っているのを見て「紙袋いるか?」と声をかけてくれて、私も私で調子よく「もらえるならありがたいです!!」と図々しくいただいた。

 

和菓子屋さん

https://akebono-nara.com/

櫛羅のまちを歩いるていると葛城路という銘菓の看板が目について、気になっていたので購入。かりんとうまんじゅうは自分用に買った。賞味期限が2日なだけあっておいしかったです。

米穀店

杉村商店 | 御所市

軒先の写真が載っていると思うけれど、ワゴンみたいなものに古代米などをブレンドした雑穀米が販売してあって、ふらふらのと吸い寄せられた。そろそろ黒米や玄米がなくなりそうだったのでちょうどよかった。

 

「御所宝湯(ごせたからゆ)」へ。

昔ながらの銭湯を今風にポップにしたもの。登山後のお風呂の気持ちよさは言わずもがな。シャンプーリンスボディーソープあり、洗顔料あり、ドライヤーあり、体重計あり。ザックを番台で預かってくれたり、サービスが最高でした。登っている最中に下山後に食べたいものランキングを考えていて「ビール」「ソフトクリーム(もしくはアイス)」「コーラ」「ラーメン」など色々思いついたけれど、結局銭湯で瓶のコーラを飲んで、そのままJRに乗って帰りました。

 

平成レトロなんか目じゃない本物の風格。調べたら明治時代に建てられた駅舎らしい。

 

時間はかなり押したけれど、当初の予定通りの山行と行程を終えることができたので大満足です。

*1:山食の鮎美ちゃんのようにマルタイの棒ラーメンとウインナーの山ご飯を食べようと考えたけれど、いつも通りおにぎりとワンタンスープ。先日買ったコンロを使うことができて満足。

*2:詳細は、葛城神社の人が書き置きなので好意として御朱印を帳面に糊付けをしてくれたけれど液体のりのアラビックヤマトを塗りたくられた。→べっとべとのゆがんだ御朱印のページになってしまい、後から転法輪寺御朱印を貰いにったら、紙ではなくラップを挟んだりドライヤーで乾かしたりしてくれた。おそらくその時にカバーを外されたことに気付かずそのまま私は受け取ってしまった、が真相だろう。

やっぱりめんどうでも持ち帰って自分で納得いく形でスティックのりで綺麗に糊付けするべきだったわ。

*3:コースタイムが進行方向短かったので、金剛→水越峠は下りだろうと思い込んでいたのも悪かった。実際に延々と下りはしたけれど

2025/3/17 衝動買いもうしません

これからとんでもない金額の支払いが控えているというのに好日山荘でザックとバーナーとクッカーが安くなっていた*1から、という理由でまたもや衝動買いをしてしまった。ここ半年で(これから控えている支払いを含め)中古の普通車が購入できるくらいの金額を支払わなければならない。財布の紐を今まで以上に固く固く締めなければならないのにこの体たらく。

 

と、いうより、モンベルフェアで買った寝袋も生活必需品とはほど遠いものだ。今後人が泊まりに来る可能性があるから、という理由で買った。車中泊で使う予定があればいいものだが、車は手放した。

言い訳①数年前から小型の日帰り登山に使えるザックが欲しく色々探していた(通勤用のザックでも低山には登れるのでここ半年は兼用していたが)言い訳②プリムスのバーナーとクッカーも自分専用の物が欲しかった。今までは家族と兼用で使っていのだが実家を出たので使う度に実家に取りに行くのは面倒になった

災害時や緊急性が高い時に…と言い訳をするが、それでも寝袋を買う暇があれば座卓を買おう。パソコンも買い替えたらよかろうに。

 

 

 

マルシェ NX 20 | ミレー(MILLET)公式オンラインストア

 

帰宅してから検索すると、20から25年近く前に父が買った*2ものの現行版だと判明した。まさかときを超えて再会するなんて。

そんなことはつゆ知らず、旧ロゴと長年探し求めていた機能が気に入って買った。(たまたま旧ロゴの商品が残っていたのだ。レジを通してくれた店員さんもミレーは現行ロゴが主張しすぎているから旧ロゴがいいですよね〜と賛同してくれた。)

一応衝動買いしたのではなくて、店に入ってから買うまで2時間以上あれやこれや背負ったり比べていたのだが。数年前からぼんやりと想像した通りの、ちょっとした小旅行や街歩きにも使えるデザイン、そしてハンドレストループやチェストベルト、腰のベルトもしっかりついている機能性が気に入った。

 

正直、これ以上ザックを買うよりも気の利いたオシャレで小さなショルダーかばんを買ったほうがいいだろうな、とは薄っすら感じているので、もうこれ以上買いません。はい、今持っている手持ちを壊れるまで使い倒します。

 

 

153ウルトラバーナー・P-153(ガスストーブ&ランタン) PRIMUSプリムス公式サイト|イワタニ・プリムス株式会社

バーナーといったらプリムスのP153である……と、いうかこの型式しか知らないんです。という視野の狭さ。カメラロールには昨年の夏からさまざまなアウトドアショップで撮影したP153の値札があるのだが、この日好日山荘で見たものが一番底値だった。

ライテック トレックケトル&パン・P-731722(ポット&パン(クッカー)) PRIMUSプリムス公式サイト|イワタニ・プリムス株式会社

弟はスノーピーク父はモンベルのクッカーを持っている。じゃあ私はプリムスで揃えようかな、と思って。一番の理由は注ぎ口がついていること。スノーピークモンベルも煮炊きを想定しているのでお湯や汁を注ぐという行為は重要視されていない。その分内側に目盛りがついていることという利点があるのですが。スノーピークはデザインが、モンベルは価格が魅力的だが、こうなったらどうせ割り引かれるしモンベルではなくいいものを買うぞ!と思い切った。冷静になると、いいものを買う云々よりもそんな事を言っている場合ではないのだが。

*1:不定期に実店舗で開催される割引。店員さん曰く、メーカーの人は割引を推奨していないので大大的に宣伝せず、こっそりと行っているらしい。そのせいか、「食料品、小物、燃料、〇〇(ブランド名)は除く」という但し書きがあり、店員さんに詳しく割り引かれる商品を確認しないといけない。今回もクッカーの一部は割引対象外だった。とにかく、店舗に赴いてやっていたらラッキー程度にとらえてください

*2:好日山荘が岡山の桃太郎通りにまだあったころだ。分かる人には分かると思うが、あの、ウナギの寝床みたいな細長い店です。シュラフが壁のようで、ところ狭しと登山用具が陳列していましたね……。

2025/3/16 モンベルフレンドフェア

インテックス大阪で3/15-16の2日間にわたって開催されたモンベル会員限定のイベントに行ってきた。おめあては3/16の午後から開催された俳優の石丸謙二郎さんのトークショー。山カフェをほぼ毎回聴取しているので楽しみにしていた。

 


f:id:ma0ma0:20250322055023j:image

 

以下、石丸さんのお話した内容で気になったこと。

 

  • 山頭火のように俳句を作る用途で筆セットを作ったが勘違いして墨絵を描き始めた
  • モンベルの社内では石丸さんが絵を描き始めたことを笑う人もしたが辰野社長は背中を押してくれた
  • 誤解は人を育てる
  • 遺言書を書くといいと勧められて原稿用紙に墨で書いて封筒に入れたが、封筒には遺書と書いてしまったという笑い話。内容が全然違うものになるからね、帰ったら金庫の中を調べてくださいよ
  • 山カフェに社長が来てくれないか、と希望している。いろいろなゲストが来店したが山道具を作っている人はまだ来ていない

 

 

50年前とある写真集でマッターホルンの空撮写真を見た。まだ槍ヶ岳も知らない大分の石丸少年。数年前、書棚を整理していたら、その山の指南書が出てきた。当時山小屋は一泊1000円ほどだが、値段が書いていないことも多い。お米を持参して泊まらせてくれる。みやけおさむさんが、書かれた本。写真が少なく文章がメインの文学的な本。

 

以下、マッターホルン登頂について思い出を語られる

 

  • 一年かけて体を鍛えてさあマッターホルンに登るぞ!と思ったらコロナで出国ができなくなった。その間は国内の山を登っていた。昨年、いよいよ!と体づくりを再開して、マッターホルンは日帰り。山小屋は一つのみ。5時間標高差1300m富士山のレベルじゃない。崖を走って登って走って降りなければならない。
  • どんなトレーニングをすればいいんだろうと考えて、自分の体からスイカを2つ取ろう!と考えた。8キロの減量。病気をするわけにはいかないのでプールで泳いで1年間で8キロの減量に成功。日帰りなので日本から旅立つ時に既に高度循環を済ませなければいけないので、出国前に御嶽山、富士山でトレーニング。
  • 富士山では頂上から6合目までを往復するトレーニングをした。大砂走りではモンベルスノーシューで往復。砂をぐっと噛むから素晴らしい。何もつけないと7時間、スノーシューで5時間半。そのあと輪かんをつけて登ったら5時間を切った。もちろん輪かんもスノーシューも壊れない。冬だけ使うのはもったいないから富士山でレンタルをすれぱいいのに。
  • 富士山のモンタネという黄色い高山植物の群生。きれい。
  • さあ!高度じゅんかんを終えてスイスだ!世界の車窓からで一番紹介したのがスイスの登山鉄道。今でも空で列車名を言える。
  • 18日間。俳優になって初めて長期休暇をとった。着いて、現地で最後のトレーニングをして当日は晴れた。雪が降ると固まってアイゼンが固まるので
  • 近藤謙司さんという国際的なガイドといっしょに。マッターホルンは登山者1人とガイド1人。20mくらいのパイルでつながってシャクトリムシのように進む。
  • 80人そのうち登山者40人。その人たちが一斉に駆け出して登りだす。
  • アイゼンを付ける2分間だけ休めれるのでやっとカメラを構えてカシャカシャカシャカシャっと連写。
  • 今のような服装(下に写真を載せます)にアウター、ミレーの革手袋、ヘルメットという軽装なので立ち止まるととても寒い。
  • 山の中で手を使わないであるくのが一番怖い。頂上で写真を撮るのも一苦労。人間1人が立つのもやっとな狭さで、撮って、反対側で撮るか!と思ったら振り向けない。
  • 首を横に向いて足をずらして、体を向けて…としていたら体の大きな外国人が下から登ってきた。万が一すれ違えなかったら滑落。ボディランゲージと日本語で、気を付けて!!と言いまくった
  • 降りるのは登る姿勢と同じかと思いきや、階段を降りるみたいに
  • 下山したら帰りのゴンドラの営業が終了していた!どうする??こんなこともあろうかと、行きにレンタルバイクを一台デポしておいた。2人で乗り合わせて降りてきた。
  • 疲労という乳酸を呼気からだすのでスポーツの後にサイクリングするのがいい、と科学的に認められている。偶然ながら、それを行ったので筋肉痛にならず、翌日はクライミングをした。それからクライミングにハマって、終わったら美味しいワインを飲んで…

 

 

完全なプライベートなのでマッターホルンの映像を流して終わり。文字通り車窓から景色を眺める石丸さん、いちいち絵になる!!!

石丸さんの若々しさに思わず60代かな?と勘違いしてしまったが今年72歳になるのだった。70歳を超えて、俳優として長期の休みが取れて、マッターホルンの登頂を果たすって……。とスケールの大きさにあっけにとられる。あと40年後の自分が想像できない。


f:id:ma0ma0:20250316140838j:image


f:id:ma0ma0:20250316143209j:image


f:id:ma0ma0:20250316143217j:image



 

最後に流してくれたマッターホルン登頂記は自分(とスタッフ?)で編集したもの。ホームページにあるのでぜひ見て下さい!と言われてトークショーは終わりました。

石丸謙二郎 公式ホームページ | 「世界の車窓から」ナレーション

 

 

トークショー終了後、岳人(というモンベルが発行する有料の月刊誌)で連載していた野筆を片手にが単行本になっており、そのサイン会を開催します!というアナウンスが。当初購入予定になかったものの、まんまと買ってサインをしてもらいました。頼んだら写真も撮ってくれたので思わぬ僥倖。

 

 

 

サインを書いてもらって、お目当てのアウトレット品のコーナーへ。正直、旧商品やサンプル品が買える!というだけでそんなにめぼしいものはなかった。値段も格別安いわけでもなく。会場に着いたのが14:00すぐにトークショーが始まって、そのあとサイン会の行列に並んでおり、終わったのが15:00。16:00に撤収だったので実質終了間際の1時間ほどしか堪能できていなかったので、めぼしいものはたいてい買い尽くされていたからかも。


f:id:ma0ma0:20250322053546j:image

Tシャツや寝袋は店で買えるものだけれど、普段買わないと紙袋を無料でつけてくれたのは嬉しい。石丸さんが私の名前を書いてくれた本を買いに来た。これだけでもインテックスに来た甲斐があるってもの。食器は来場者が引けるくじで引いた。自分では絶対に買わないけれど、でもあると便利だろうなと思うので素直に嬉しい。家で使わせてもらいます。(外で使えよ)

 

さて、会場に蛍の光が流れ退出を促された。もっと早く家を出てイベントを隅々まで満喫したかったな〜。と思いながらもトイレを出たところで、見覚えのある人がこちらに向かってきた。

 

ずんずんと迷いなく歩く人の顔を失礼ながら凝視する。

 

「あ!!!!!!」

辰野勇社長!!!!!!!!!

 

モンベル | 会社概要・採用情報 | 創業者紹介(辰野 勇)

 

周りの人は誰も反応しておらず、そもそも社長がおつきの人も従えず1人で男子トイレに進んでゆく光景に気づいているのが私だけだったからだろうか。社長は明らかに自分の正体を認識した私に歩きながら「どうも!またお会いしましょうね!!!」と爽やかに声をかけて颯爽と男子トイレに入っていった。

 

入ったと思ったら(混んでいたのか)すぐさま出てきた社長の後ろ姿を見つめながら、一般人も使う、というか出口真横の場末みたいな場所のトイレも使うのか?!と庶民的な姿勢に好感を持ち、さらに着ていたフリースが父と同じ色とモデルで、やっぱりあのフリースは今の季節は着心地がいいですもんね…!!と社長と同じモデルを持っていることが嬉しくなった。私もレディースで色違いを持っているので、着てくればよかったと後悔。会場内のスタッフは蛍光緑のベストを制服代わりに着用していたので、締めの時間が近かったこともあって限りなくオフに近い姿だったのだろう。

 

 

最後になるけれど、一部の参加者が帰り際にフラワースタンド?入り口に飾ってあった装飾の草花を包んだ簡易的な花束を持っているのを見て、ほしい!!!!ほしい!!!となったんですが、どうやったら手に入れることができたんですかね??物欲しそうな顔をしてうろついていればよかったのか。

 

2025/3/15 最近読んだ漫画の感想を一言で書くよ

舞妓さんちのまかないさん

22〜27巻

はぁ〜〜〜〜〜〜癒っ!!!早急に実写版を観たいです。あとアニメ二期お待ちしております。

 

 

 

満州アヘンスクワッド

14〜18巻

巻を増すごとにどんどん仲間が増えている。バートルとキリルが好きなので、彼らが活躍してもらえればあとはどうってこと無いです。静が仲間になったときは、これでもう無敵じゃんっ!!!!!!とのけぞり返った。でもマルクはユダヤ人街にとどまったんやね。ジーコン→→→→→→→ジルイ→→→→→→→←←←←←←←←ランユーの三角関係に悲しくなった。でも2人とも若すぎない?!?30歳くらいかと思ったら25歳って!!!!

 

ブルージャイアントエクストリーム

無印、シュプリームときてついにアメリカ編へ。ニュースオモコロウォッチのブルージャイアント回を聞いてまんまとハマった。一番驚いたのはブルーノとハンナが付き合っていたこと。ケンカップルかよ〜(ニヤニヤ)作中で大の圧倒的なプレーと自信は誰よりも膨大な練習量に裏付けされたもの、と何度か指摘されているが、ドクターX映画版でも「川の水が流れるように基本手技を反復し、美しい最終術野を作る。」と晶さんがいう台詞があり、ドラマ版では未知子が「(略)そして 一番大事なのは、どんなに厳しいオペでも決して患者を見捨てないこと。」と語っていた。後述するあかね噺でも前座練成会の最初の観客が4人、という現実すら、あかねやからしは悲観していなかった。

かっっっこいいね!!!!こうでありたいね!!!いや、私は技術や技能が必要とされる仕事はしていないし、趣味もまったく関係ないけれどさ。こういう心意気で生きていきたいですね。

 

関係ないけれど、ラファとまいける兄さんの容姿が似ており、長髪軽薄男ホイホイな私としては眼福です。

アーネストの自信家な性格、嫌いじゃない。むしろ最高ですね。

おまけの大のプレーに魅せられてサックス奏者になった少年が、最近大と共演したというインタビューに胸が熱くなった。

日本に一時帰国した時に玉田と会っていたの、ほんとうにうれしい。早くアメリカで雪祈と再会してほしいです。

 

 

きのう何食べた?

20〜23巻

結婚式!!!!!!結婚式???!!!!??!!!ジルベールと小日向さんの結婚式のスピーチが胸を打つ感動的なものだっけれど、まさか還暦のお祝いに結婚式?!?!?け、結婚式?!?!?!結婚式…………。

ケンジと共に過ごした日々が20年近くなってして、軟化されたのか、年のせいなのか分からないけれど、近年のシロさんがどんどん、自身のゲイである部分を世間に受け入れていこう!という気持ちが伝わってきました。鯛のお頭炊き込みご飯のあとと夜桜見物とかね。ケンジがどんな気持で結婚式を企画して準備を進めたのか、それだけで一冊できるくらいの愛情ですよこりゃ…。見開きでいままで何食べを彩ってきたキャラクターが勢ぞろいして2人の結婚を祝うページの、なんともいえない歓び!!シロさんの職場関係の人は誰ひとりいないけれど、この20年間、シロさんとケンジが積み上げてきたプライベートの集大成!!という感じがして最終巻かと思って挙動がおかしくなった。ちゃんと次巻告知が載っていて一安心した。

 

あさドラ!

浦沢直樹が好き好きと公言しつつ、ようやく読み始めました。慶一さんのビジュアルが好きです。あと浦沢直樹あるある、片手の平をこちら側に向けた時の薬指と小指が立っている…(文字にすると分かりにくいな。みんなもお手元のMASTERキートンやMonsterを開いて確認してみよう!!)がたくさん見れておもろいっすね。円谷くんのマラソン別人エピソードはギャグ。まだ4巻だけれど浦沢直樹好きなのでこれはもう単行本をそろえたほうがいいんじゃないか…。

 

あかね噺

まいける兄さん…!!!皆皆、登場人文全員好きです。前座組や彼らの友人たち、志ぐま一門、阿良川一門、落語連盟、まだ少ないけれど上方チームも全員好き。ビジュアルも全員好き。水瀬→→→→→→→からし(→ひかる)→→→→→落語の三角関係が最高ですね。登場人物全員アツいし、全員ビジュアルが現実的、でもマンガ的で二次創作が映える気がする。一番は落語を聞け!!!ということなんだけれどね。今ユーチューブで寝る前に色々聞いています。たいてい眠りにつくから全部聞けれていないけれど(S1の薫ちゃんかよ)

昔ブロスか何かでかまどさんがあかね噺をおすすめした時に、作中で披露される落語の世界観を表現する技法に感心した。みたいなことを語っていて。落語ヴァース回で、そのネクストレベルに達したような。すげえ……。すげえ面白い!!!先日好きな漫画を初対面の人に話す機会があって思わず「ジャンプで連載しているあかね噺っていう落語の漫画が好きですね」と答えてしまった。先方は全然知らなかったけれど!!!

2025/3/12 母にまつわるあれこれ

ひきつづき「ここに来るまで忘れてた」を読んでいる。

 

「この局面でその弁当を選べる姉で良かったと思う」

 

中学の教科書に載っていた『いちご同盟』という小説を思い出した。ヒロインの手術が長引いて生死の境を彷徨っている間、病院の食堂へ向かった幼なじみがカツ丼を注文して搔き込むシーンが印象的だった。その幼なじみは、悲しくても腹は減るんだよと言っていた。その通りだ。状況に似つかわしくなくとも、腹が減ってしまうのが人間だ。食欲が湧いて、そこから目を逸らそうとするのはむしろ不自然な行為だろう。

(ここに来るまで忘れてた 交通新聞社 吉田晴直)

 

食うことは食うくせに、中途半端に喪に服した気になっていた自分の小狡ずるさがダサく感じられた。でもそんなのは私に限った話ではない。多分『いちご同盟』でカツ丼を食べていた彼でさえ、「21世紀出陣弁当」は買えないと思う。

 

(ここに来るまで忘れてた 交通新聞社 吉田晴直)

 

高校3年生のころ、人生で2つ目の眼鏡を作った。お小遣いとは別のお金を親に申請してメガネ屋さんで初めて一人で眼鏡を作る。当時から赤い色が好きだったのと憧れの友人に少しでも近づけるのではないか?という浅い妄想が具現化し、プラスチック製のオーバル形の赤いメガネを購入した。ろくにケアもしていないクレーター肌や櫛でといただけのぼさぼさ髪に若手芸人のような主張の強いメガネをかけるとは。今考えると滑稽だが当時は最高にイケている!と思い数日後に引き取って家に帰った。意気揚々と新しいメガネをかけてリビングのドアを開ける

「あんた!!その色は何なの??!?!?」

母の第一声は子供を叱る親そのものだった。

「おばあちゃんのお葬式も近いっていうのに!まったくふざけた色にして!!!!」

当時父方の祖母はがんで余命いくばくもない深刻な病床にあった。親戚の中で唯一岡山に住んでいる父はは毎週のように実家に帰省して、私、弟、母を週代わりで連れて行き祖母と面会していたのだ。初めての肉親の死に直面する父の心境、そして嫁の立場の母親の気持ちを今考えると、祖母の危篤が近く、そして大学受験という大きな節目を迎えているのにあまりにも緊張感が無さ過ぎる。私は13人いる孫世代の中でも特別にぼんやりしており決して利発な子供ではなかったので、母は、優秀で朗らかないとこたちと比べ、何か突出した技能を持つわけでもないひねくれやのそれでいて妙に気性が荒い娘にずいぶん気を揉んだことだろう。やがて訪れる姑の通夜や葬儀の場*1ではせめて大人しく、目立たないようにと願っていたにもかかわらず、当の本人はお気楽に「似合うからいいじゃ~~ん」と自分のお金でもないのにふざけた柄の眼鏡を買ってきたのだ。

当の私は中一からかけていたいかにも!な細い金属のフレームメガネをようやく脱して、当時流行り始めていた太いフレームの、それでいて憧れの赤い色の眼鏡をかけることができて大満足だった。母のお小言を「固いことを言う人だなあ」とうっとおしく感じていた。いやはや、親の心子知らずを地で行くとは。徹底的に我慢強い性格の母の血を引いているはずの娘は気ままで、自由で、歯を食いしばって働いて稼いだお金の価値をイマイチ理解せずに浪費しているように思えたのだろう。これで成績がよかったり何が特技があれば文句は言われないだろうけれど、努力というものが大嫌いで、成績は悪い、ときている。

 

 

さて、時は流れ、15年近く経った。あれから私は自分のお金で数度眼鏡を新調している。先日も眼鏡を作ったのだが、今回は原点回帰ともいうべき細い金属のフレームにしたのだ。太いフレームに飽きた。というのもあるし、かといって流行りのボストンやラウンドにするほど度胸がない。数年前なら絶対に選ばなかったであろうメタルフレームの眼鏡をかけた私はさすがに中学一年生の頃のような化粧水と乳液の違いも分からず美容院で半年に一回髪を切るだけの伸ばし放題な髪の毛でもなく、年相応な表情をしていた。赤いメガネ以来、眼鏡を新調するたびに母の言葉が脳内をリフレインしているが、多分当時の母はこういう落ち着いた眼鏡を掛けて帰ったら何も言わなかっただろうな。*2人によってはこれは「呪い」と表現されるかもしれない。でも私は、当時の自分も母のどちらも言い分も理解できるほど成長し「どっちもどっちだな」としか思えない。それは月日を経るごとにニュートラルになっていき、吉田さんの「中途半端に喪に服した気になっていた」という言葉によって当時の私が幾分か夕背になった。眼鏡の色一つでそんなに過敏にならなくてもいいじゃないの。それこそ喪に服した気になっている自分の都合を押し付けているじゃないの。

 

母と娘という古来よりコンテンツの題材となってきた関係性だ。母親の家系や育ってきた環境を思うとなかなか壮絶なので、事情を知らない母方のいとこが無邪気にそれらのエピソードを聞いて笑っていると、大人げなくも「それに至るまでのいろいろな事情があるんですよ…!!!」と面倒くさい人ムーブを(心の中で)かましてしまうほど。厄介オタクかよ。母親にまつわるエピソードに関してはめちゃくちゃ、ある。プライベートなエピソード満載なので元気な時にまた書き残せたらいいなと考えている。

*1:実際に参列者数百人規模。お坊さんは4~5人来ていた。伯父が勤務する学校の生徒会がお焼香をしたし。彼女が来ていた夏服の白いセーラー服が妙に印象に残っている。コロナ禍の前でも一主婦の葬儀にしては大規模だったと未だに話題に上がるほど。改めて祖父母や一族の人望と人脈には感嘆する。

*2:書きながら初めて美容院で髪を切ったエピソードを思い出した。長さに満足していた私は「髪をくくれるくらいの長さで、毛先をそろえる程度にしてください」と所望した。同行していた母に帰宅したとたんに「せっかく外で切ってもらえるチャンスだったのになんで少ししか切らないの!!髪はすぐに伸びるんだからもっと短くしてもらいなさい!」と呆れられたのだ